2015年04月14日

★幻の名馬(3)

★幻の名馬(3)

「よしっ!出すべ!大将、引っ張れ!」

「はっ、ハイ!」

★幻の名馬(3)

広川獣医の見守る中、親方と私は、リバーの仔の前足を引っ張り、出産の介助を始めた。

「いいか?リバーが力んだ瞬間に一緒に引っ張るんだ!せ~のっ!」

「もう一丁!せ~のっ!」


普通は親馬も苦しくなり、立ってはいられなくなり、寝わらの上に寝転がるものなのだが、リバーは立ったままで荒い呼吸をしていた。

「リバー、無理するな、横になれ、横に!」

親方が声をかけるが、リバーは一向に横になる気配がない。

馬房の廊下には、トレセンから応援に駆けつけてくれた吉田場長や調馬士(馬の育成と調教を担当する牧夫)の源ちゃん達がいつの間にか集まっていた。

みな、心配そうな面持ちで固唾を飲んでいた。

「よ~し、少しずつ出てきたぞ!大将、もう一息だ!それっ、せ~のっ!」

20分余りの格闘の末、期待の星は、無事母親の体内から姿を現した。

「生まれた~!」「おおっ!」馬房に歓声が上がった。

声を掛け合う間もなく、親方は、素早く、仔馬の顔から鼻にかけて絞り出すようにして手を走らせた。

「こうして、羊水を吸ってないか、呼吸困難にならないように、絞り出すんだ。大将、良~く見ておけよ!」

次の瞬間、馬房には、廊下からバスタオルが投げ入れられ、私も素早く、仔馬の濡れた体を拭き始めた。

普通なら、生まれた仔馬の体は、親馬が綺麗に舐めて、まとわりついた羊水をきれいに拭きとってくれるものなのだが、異常な事態に、リバーもいつもの対応ができないでいた。

いつもの対応を許さない人間の殺気に似たような雰囲気を微妙に察したの
だろうか。

何はともあれ、牧場期待の星は、かろうじてこの世に生を受けたのだった。

か弱い小さな命の温もりが、バスタオルを通して伝わってくる。

いつの間にか親方は、胎盤と仔馬を繋ぐへその緒を指で押して切っていた。

「乾いたら、後でヨウチンを塗っておいてくれ。」

私の手で綺麗に羊水が拭きとられた仔馬が、寝わらの上に静かに横たえられた。

その姿に、一同の目が集中した。

誰も声を発することができなかった。


前足は、膝下から上向きに曲がり、耳は垂れ、たるんだ鼻とぽっこりした下腹が露わになった。

早産による未熟児、虚弱体質(それは後からしか判断できないことではあるが)、そして、前足が奇形の仔馬が、そこに横たわっていた。

これが、牧場期待の星の真実の姿だった。


普通なら、20分から遅くても一時間ほどで、仔馬は自力で立ち上がり、親馬の初乳をむさぼるようにして吸う。

親馬の初乳は特別だ。

生後8時間以内に初乳を飲まないと、生きて行くのに必要な抗体が母体から移行されず、十分な栄養分も供給されない。
しかも、8時間を過ぎると成分が変化してしまうと言われている。


しかし、牧場期待の星は、立ちあがる様子すら見せず、虚ろな目をしたまま仰臥したままだった。

生まれたばかりの期待の星には、また新たな試練が待ち受けていた。



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Posted by ゆかり号 at 05:17│Comments(0)北海道・牧場日記
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