2018年11月05日

★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-

★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-

沖縄闘牛に限らず、日本の闘牛界に共通する課題が、動物愛護管理法との関係です。

近年、動物愛護の考え方は、世界的な潮流となり、スペインの闘牛は動物虐待という観点から、各地で闘牛場の閉鎖が相次いでいます。

そのうちスペインの闘牛は地上から姿を消すのではないかと思われるほどです。

日本国内でも日本の闘牛スペインの闘牛混同している人もいるほどですが、牛と人が戦い最後は必ず殺されるスペインの闘牛と比べて、

日本の闘牛は、牛の闘争本能を利用して雄牛同士を戦わせるもので、相手が逃げれば勝負が決着し、死ぬまで戦わせるということはしません。

逆に、肉牛となると約3年の命しかないものが、闘牛になったために飼い主に大事にされ、天寿を全うすることができるのも闘牛の大きな特徴です。


スペインの闘牛と日本の闘牛の違いに関する過去のブログは、以下のバックナンバーを参照下さい。
https://yukarigo.ti-da.net/e8708038.html

※スペインの闘牛の廃止に関する過去のブログは、以下のバックナンバーを参照下さい。
https://yukarigo.ti-da.net/e3618384.html

また、動物愛護管理法との関係に関する過去のブログは、以下のバックナンバーを参照下さい。
https://yukarigo.ti-da.net/e9450024.html
https://yukarigo.ti-da.net/e9452347.html


闘牛を飼う人は減少傾向にあるものの、しかし、闘牛飼育者の特徴としては、

家族ぐるみで闘牛の飼育に当たっている人や、友人同士で共同で飼育に当たっている人が多いのも沖縄闘牛の特徴です。

★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-


写真は愛牛との日常も含めて数々の牛の姿を写真集にし、’20年5月に惜しまれつつ唐旅に旅立ったウシカラヤーでもあり闘牛写真家でもあった久高幸枝さんと愛牛富士皇です。


そこには、闘牛を中心としたコミュニティーが形成されています。

核家族化が進展する沖縄においても、ウシカリヤーのオジーから息子に引き継がれ、孫も日常的に世話に当たるなどの家族ぐるみで牛の世話をする光景はうるま市を中心とする中部を核にして、各地で観られる光景です。

そこには、今では珍しくなった世代を超えた家族の絆を見ることができます。

また、仲間内で共同で闘牛を飼う人達も、飼育する人、出資する人、時々世話を手伝う人など、役割分担は様々ですが、闘牛を中心として仲間の絆が築かれています。

牛を勝負の道具と捉える人がいるのも否定はできませんが、多くの飼育者や所有者は、餌やりだけでなく、運動やブラッシング等日々手塩にかけて牛の面倒を見ていますし、現役を引退しても死ぬまで面倒を看続ける飼育者も存在します。

仮に手元を離れても、自分が育てた牛の動向を追い続け、離れた地域に移っても応援に駆け付けるなどの行動をとります。

牛への愛情は、一度面倒を看ると人手に渡っても変わることなく続くと言います。

このように、闘牛を飼うことは、家族との絆を深め、仲間との絆を深め、一頭の牛を取り巻く地域との繋がりも深めて行きます。

闘牛場で観られる勝ち牛を取り巻く家族や仲間の様子を見ると、そのことが良く分かります。

★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-



★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-



牛の横で記念写真に写るオジー、その周りをカチャーシーをして踊るオバー

牛に飛び乗り「シタイヒャー!」「ハイサイ!」と拳を空に突き上げる息子や娘たち、小さい子供はお母さんの手からお父さんの手に渡り、牛の背にのせられてガッツポーズを取ります。

★闘牛百話(427)沖縄闘牛の方向性(3)-牛への愛情と家族の絆、仲間との絆!!-



記念写真には、一族郎党数十名が闘牛場の中心に集まり、満面の笑みを浮かべ、喜びを爆発させています。

単なる勝負に留まらない、一頭の牛に注がれる愛情と、牛を中心とするコミニティーの絆が、沖縄闘牛大きな特徴と言えるでしょう。



同じカテゴリー(闘牛)の記事

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。