2016年10月27日

★母の一年忌の法要-地域の風習-

★母の一年忌の法要-地域の風習-

これは、単にプライベートなことを日記風にまとめようということではなく、

沖縄の行事を整理して子や後世に残しておきたいという意味で、記録として残しておきたいという思いで書いています。

また、記録することで間違いが見つかれば訂正し、より正しい情報を記憶し、残しておきたいという意味もあります。

★母の一年忌の法要-地域の風習-



まずは日取りですが、命日に執り行い、生きている人の都合で土日にしてしまおうというのは認められません。

従って、母の一周忌は、命日の10月25日(火)に行いました。

本当は前後の土曜日辺りが仕事を休むことなく、焼香に来られる方々にも良いと考えていたのですが、叔母(母の妹達)に相談すると「あんしぇーならん!」と一蹴されてしまいました。

1か月前にお坊さんに予約を取り、主な親戚に電話連絡します。

かつては、親戚縁者が集まって昼食を取り、それからお坊さんをお迎えするため午後1時から法事を行うことが多かったのですが、今は、準備が大変なため昼食は済ませてきてから集合するようになり、午後2時からのスタートが多くなりました。

にお供え物の段取りです。

全部自前で作るのか、業者に頼むのか、自前と頼むものを調整するのか、などを決めていきます。

また、香典返しも何にするか、数量をどれくらいにするかを決め、注文します。

今は、お弁当とお米券をセットにしてお返しにしているのが多くなっています。

業者に注文するのが多いと、その他の備品(座布団、足の悪い方のための椅子、お膳やお皿等)を無料で貸してもらえるのが便利です。

今回は、従姉が惣菜屋をしている関係で、重箱とお返しの弁当は従姉にお願いし、盛り菓子やお餅は叔母の親戚が洋菓子屋を営んでいるのでそこにお願いしています。

業者には、お花と果物、そしてお米券(使用しなかったものは返却することができます)をお願いしました。

うちの地域では、生活改善の一環として、集落内の人は線香代だけを香典として包み、お返しは貰わないというルールが確立しています。

農業中心からサラリーマンへの変化、核家族化の進展、そして集落外への住民の流失等、時代の変化に対応すべく、祭事の簡素化が進んでいます。


屋敷の掃除も時間をかけて行います。

週末を利用して大きな雑草を取り除き、前日、当日と細々とした掃除をしていきます。

料理も、当日のお昼、夕食を決め、豚肉は前々日からアパートで煮込んでおいて、和え物やおかずの下ごしらえは前日に行います。

夜に出す刺身なども量が多いので、行きつけの鮮魚店に事前に注文しておきます。

当日の役割分担なども事前に調整して家族、親族で相談して決めていきます。

台所、配膳係り、香典返しの袋詰め係り、渡す係り等々です。

飲み物も大量になるので、好みによって熱いお茶と、冷たいものはキーパーにさんぴん茶のパックを入れて作ったのを用意します。

夜に出すビールは、昼過ぎからクーラーボックスにブロックアイスを入れて冷やし、泡盛用はダイヤを買って来て準備します。

財布を持っている人、指示を出す人、お使いに走る人と役割も決め、いつどのタイミングで用意するかお客の出入りの合間に判断していきます。

今回は手伝いをする人数が少ないため、当日の買い物は自分一人でこなしました(*^_^*)!!

叔母達や妻、姉、妹が前日から準備をし、当日は朝から最後の掃除、備品の準備、お昼ご飯、和え物、おかずを作って行きます。


仏壇から香炉などを下し、祭壇の準備が整い、あらかた準備ができたら家族でお墓参りに行きます。

★母の一年忌の法要-地域の風習-



お茶、お水、泡盛、線香(平ウコー15本と人数分の3本ウコー)を用意し、門中墓に一周忌の報告と自宅の仏壇にお迎えすることを説明し、母の霊をお迎えします。

自宅に帰ると、交代でシャワーを浴び(午前中の作業で全員汗だくになっています。当日の気温は32℃)、着替えをし、いよいよ法事の準備です。


まずはお昼をお供えし、自分たちも同じものを頂きます。

★母の一年忌の法要-地域の風習-



夏に採れた大きなシブイ(冬瓜)2個を風通しの良い庭に保管していましたから、シブイと豚肉の汁を大量に作りました。

そして、お坊さんが来る直前に重箱も並べます。

★母の一年忌の法要-地域の風習-



最近は、お菓子も盛り菓子にして、簡略化してきています。

★母の一年忌の法要-地域の風習-


★母の一年忌の法要-地域の風習-



御三味(天・地・海の恵み)9品の重箱とお餅のセットを2組用意します。
★母の一年忌の法要-地域の風習-



精進料理も横に用意します。

★母の一年忌の法要-地域の風習-




式は、最初に15本ウコーを私があげ、お坊さんの読経の中、次々と参列者が線香をあげていきます。

全員の焼香が終わると最後に全員で合掌、礼拝をし、重箱のお供え物を一品づつ返します。

次にウチカビ(あの世のお金・紙幣)を専用の水を張ったボールの網の上で燃やします。

参列者一人ひとりからあの世でお金に困らないようにと祈りながら燃やしていきます。

灰が飛び散らないように専用の箸で押さえながら粛々とウチカビを燃やすのはかなり集中力が必要です。

ウチカビを燃やし終えると、お供えしている精進料理と団子、お茶、お水、泡盛、料理の数品もウチカビを燃やした跡に移します。

それが終わると、屋敷の御願(うがん)として、親族の代表3人がお坊さんと門口(じょーぐち)に出て御願の仕方を習い、まず屋敷の四隅お米、塩、泡盛三回ずつまき、十五本ウコーを捧げ、最後に門の右左真ん中に、お米、塩、泡盛の順に三度づつ撒き、15本ウコーをあげます。


後は、夜まで続く一般の焼香客の対応をしていきます。


式が終わると、重箱を下げ、台所ではお客に出す料理の準備をしながら夕飯の準備に取り掛かります。

焼香に来て頂いたお客様には、お膳にお菓子、和え物、じーまーみ豆腐(父方の叔母のお手製)、お茶(熱いお茶か冷たいお茶)を乗せてお出しします。

じーまーみ豆腐は、叔母(父の妹)が前々日の日曜日に大量に自宅で作り、小さなパックに詰めて持ってきてくれました。

専用のたれもつけてお出ししましたが大好評でした。

集落外のお客様には、パックに詰めた弁当とお米券を袋に入れて香典返しとしてお渡しします。

午後6時頃からは、重箱の料理を切って温め直したおかずをメインにした夕飯を祭壇にお供えし、焼香に来たお客様にも夕食(とお酒)をお出しします。

★母の一年忌の法要-地域の風習-




焼香のお客も帰り、いいやんべぇ飲んでいるのが親戚関係者だけになると祭壇を片付け、仏壇をもとに戻し、15本ウコーをあげ無事法事が終了したことを報告して一周忌の法要が幕を閉じます。

一通り片づけが終わった時は、時計の針は夜の9時を回っていました。

来年は、母の3回忌と同時に、本来なら昨年やる予定だった父の13回忌、祖母の33回忌の法要を執り行う予定です。



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Posted by ゆかり号 at 21:56│Comments(4)沖縄の年中行事
この記事へのコメント
この記事本当に助かりました。
昨年、父が亡くなり法事についてわからず、悩んでいました。
記事を参考にし、一年忌無事に終えられました。本当にありがとうございました。
Posted by さなさ at 2017年08月31日 08:11
さなささん、コメントありがとうございます。お役に立てて何よりです。今年は、私も母の3回忌と併せて、父の13回忌、祖母の33回忌の法事があります。大変な行事ですが、いろいろな人に相談しながら進める予定です。
Posted by ゆかり号ゆかり号 at 2017年08月31日 14:25
突然のコメント失礼します。
このような記事、本当に助かります。現在私30歳で沖縄の行事や法事、何もわからない者です。昨年旦那の両親の突然死があり、何もわからずこの1年仏壇のことを見様見真似でしてきました。こんなじゃないっと親戚には言われ、旦那と悩んだ日もたびたび。もうすぐ一年忌です。今色々とどうしたらいいか旦那と悩んでいる所です。本当にこの記事には助けられています。参考にさせてもらいます。ありがとうございます。
Posted by れいな at 2020年04月22日 16:38
れいなさん、コメントありがとうございます。私も母だよりでしたので、慌てました。これは残しておかなければとブログにした次第です。3回忌以降のもありますから、ご参考にどうぞ。間違っているところに気づいた時は都度修正しています。
Posted by ゆかり号ゆかり号 at 2020年04月22日 17:16
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